亡くなった栗城史多氏はナゼ「秋のエベレスト登頂」を目指したのか?

スポンサーリンク

登山家の栗城史多(くりき のぶかず)さんが亡くなったとニュースがありました。

僕は以前、
テレビに映し出された栗城氏の指の様子を見て、酷くショックを受けたことがあります。

凍傷により9本の指を真っ黒にしたまま過ごす彼の姿は非常に印象的でした。

また、夢を諦めない精神力にも驚かされました。

世の中には凄い人がいるなと思ったんです。

秋のエベレストとは?

栗城氏が目指した秋のエベレストは

9月〜11月の秋季に、エベレストの無酸素・単独での登頂者は0人

栗城史多オフィシャルサイトより引用)

というように、極めて困難なものです。

もちろん彼も

無酸素・単独での登頂を目指していました。

凍傷の指は完治せず、
9本とも第二関節より上が切断されています。

それだけでも大きな障害になるのに、

なぜ危険な秋のエベレストを目指したのでしょうか。

究極の死生観

栗城氏のインタビュー記事で印象に残る言葉がありました。

(以下、引用は全てSUPERCEO小松成美が迫る頂上の彼方より)

どんな瞬間も生死を意識する山です。死は、悲しいことではありますが、死を意識することで、生きているんだっていう感覚をもつことができる。また自分の死を思うことで、自身が生きている間に何ができるのか? と現在の自分と正面から向き合えると思うんですよね。

これは究極の死生観ですね。

精神的な死への想いは日常生活で意識的に引き出すことができます。

ただ、肉体的に死を意識することはほとんどありません。

彼は、
山に登ることで究極の死生観を得るという特別な経験をしているのです。

僕はそこまでして死を想う体験をしたいとは思いませんが、登山家の方であれば理解できる部分なのかもしれません。

否定という壁への挑戦

僕の挑戦は、「失敗が怖いからチャレンジすることをやめる」「失敗は悪だ」「成功だけを求めよ」という空気を少しでも無くすことが目的なんです。

今回のテーマは否定という壁への挑戦とありました。

挑戦する姿を見せる。

失敗を恐れずに挑む。

彼には登山を通して伝えたいことがありました。

だから冒険の共有にもこだわったのです。

生中継で伝えることで、応援者との結びつきを強めることができる。

大きな壁に挑戦する姿をリアルタイムで見せることで、

世間に強く訴えかけることができます。

秋のエベレストを目指し続けた栗城氏

指を失った際にも

何よりも指を失ってしまうことで、僕は山を登れなくなるかもしれないと思い、そのことが怖かったです。

このようにインタビューに答えていた栗城さん。

彼は死の直前まで山への挑戦を発信し続けました。

死を想い、挑戦し続けること、

多くの方に伝わったと思います。

ご冥福をお祈りいたします。