ナレーター「見習い野食家の朝は早い」

福岡県春日市。

大通りへ抜ける裏道に面した住宅街の一画。

ここに1軒の家がある。

見習い野食家ヤノケンタの自宅である。

日本有数の野食家。

彼らの活動は決して世間にしられるものではない。

我々は彼の1日を追った。

 

見習い野食家の1日

午前4時

彼は起き上がるとおもむろに水をはかり始めた。

750mlのようだ。

 

Q.おはようございます。朝、早いですね。

ヤノケン
ヤノケン

そうですね。
イノシシの肉を解凍しているので今から燻製の仕込みをします。

 

Q.こんなに朝早くから仕込むのは何か理由があるのですか?

ヤノケン

いえ、これといってありません。
強いて言えば、昨夜やろうと思ってたのに寝落ちしたからですね。
ハハッ

 

彼は笑顔で応えると、塩60gと黒糖50gを水を張った鍋に入れた。

つづいて刻んだニンニクと胡椒、ローリエを投入し火にかけた。

 

ヤノケン

この液体で肉をつけるんです。
ソミュール液っていいます。

 

Q.ソミュール液?燻製は塩漬けではないのですか?

ヤノケン

そういう作り方もありますね。
でも、ソミュール液につけた方が塩分が均等に行きとどくんです。
まぁ燻製じたい、初めてつくるんですけどね。

 

彼自身初めて作るらしい。

なぜか自信に満ちあふれている。

見習いといえども一介の野食家、誇りをもっているのだろう。

どうやら出来たようだ。

ソミュール液

午前4時半

ヤノケン

次は
コレですね

1kgはあるイノシシの肉を冷蔵庫から取り出した。

そして皮を削ぐという。

 

ヤノケン

皮は燻製にすると固くなりすぎるので
削いでいきます

 

彼は決して手際がよいとはいえない手さばきで皮を削いでいく。

このあたりの包丁遣いはプロとは遠そうだ。

 

Q.苦戦していますね?

 

ヤノケン

そうですね。
包丁を研げばいいんですが面倒なので。
上手く皮だけ取れなくてもいいんです。
このイノシシは脂身が多いので、その部分も削げると思えば儲けもんですよ。
ほら、終わった。

 

ガタガタである。

 

 

ヤノケン

あとは液が馴染みやすいように
フォークで穴を開けて、冷ました液でつけるだけです。

 

Q.意外と簡単なんですね。

ヤノケン

そう見えますよね。
でもこの肉の塊になるまでには色んな行程があります。
イノシシを撃つ人がいて、いや罠かもしれない。
血を抜いて解体して…簡単なことではありません。

 

Q.すみませんでした。

ヤノケン

いえ、いいんです。
僕も実際に現場を見ていないので偉そうなことは言えませんし。

 

そういいながら、彼は窓の外を見てつぶやいた。

ヤノケン

雨か…
この雨が上がって暖かくなったら、アミガサタケが生えそうだな。

 

Q.アミガサタケ?

ヤノケン

あ、聞こえてましたか。
アミガサタケというのは春にできるキノコです。

 

Q.春のキノコ!?美味しいんですか?

ヤノケン

さぁどうでしょう。まだ食べたことなくて。

実は最近存在をしった食材なんです。

ヨーロッパでは高級食材ですが、日本では馴染みがないですね。

僕が野食家を目指し始めたのは1年ほど前で、その頃はツクシとかワラビとか、メジャーな物を追いかけてキノコまで目が届きませんでした。

 

Q.そうなんですね。ところで、野食家という職業を簡単に説明してもらえませんか?

ヤノケン

確かに説明してませんでしたね。

野食家というのは人間が太古からやってきた狩猟や採集をシンプルに行うひとです。

自然の食材を探して調理する。

そういう人ですね。

 

Q.格好いいですね。

ヤノケン

 

そうですか?
Twitterでイノシシや鹿を狩ってるひとを検索してみてください。

誰よりも命に向き合っています。
格好いいという表現は僕にはできません。

 

Q.検索しておきます。

ヤノケン

是非どうぞ。
生き物をいただいてるってこと、いつも気付かされてます。

 

ソミュール液につけたイノシシ肉

 

午前7時半

何やら騒がしくなってきた。

子どもたちが起きたのだろう。

彼は調理器具を洗い、十分すぎるほど消毒したあと子どもと一緒に朝食をとった。

 

Q.これから仕事ですか?

ヤノケン

そうですね。

洋菓子店に勤めています。

生きていくには仕事を真面目にやることが大事です。

ただ将来は仕事だけでなく、“好きなことと洋菓子店とのパラレルキャリアを築いている”と堂々と言えるようになりたいですね。

 

Q.面白い肩書きですね。

ヤノケン

そう言ってもらえると嬉しいです。
でも、面白い経歴や肩書きなんていまどき世の中にあふれてますよ。

そんなことより肩書きに対してどう生きているのか、どうみせているのか、どう評価されたいのか、そういうことが大切なんです。

 

Q.難しそうです。

ヤノケン

好きなことなら出来ると思います。

僕も一年前に野食家を名乗って、イベントをするまでになりましたからね。

 

彼はそう言って家を出て行った。

イノシシを触っていた手で洋菓子を売る。

我々には想像できないものがあった。

 

午後10時

Q.お仕事お疲れ様です。

 

ヤノケン

今日は疲れました。

ホワイトデー後の週末で油断してましたね。

 

Q.意外と売れたのですね。ひとつ聞きそびれたことがあります。なぜ“野食家”を目指したのでしょうか?

ヤノケン

きっかけは、
幼い頃から父と山菜やキノコをとっていたことです。

 

Q.ほう。では山菜狩りといった趣味ではなく、“野食家”を目指すのは何故ですか?

ヤノケン

それは家庭環境が大きいですね。
父が大分のド田舎の家や土地を継いだのですが、ゆくゆくは僕が継ぐことになっているんです。
あんな田舎どうしたらいいんだよ!と思っていたけど、最近は、“あの田舎をいかせないのは自分自身の力量不足”と思い始め、どうしたら良いか考えて今の活動があります。

 

Q.将来を考えての活動なんですね。

ヤノケン

まぁそれだけではないんですが…
あなたは最近誰かに“夢”を語りましたか?

 

Q.夢ですか。いつ言ったか、すぐには思い浮かびません。

ヤノケン

僕くらいの年代になると、夢よりビジョンを語り始めますよね。
何年までにどうなっているとか、そのために今どうしているとか。
僕にとって野食家はそれです。

 

Q.ほう。

ヤノケン

田舎をいかすために活動をして、交友関係を広げる。

そしてリアルな催しをすることで実際に会う場をつくる。

その繰り返しによって田舎を負担に思わず、将来たのしく生きる自分像に近づけると思っています。

 

でも夢は違う。

夢は、実現不可能なものでもいいんです。

将来宇宙に行きたいとかね。

 

Q.確かに夢を置いてビジョンを語りがちになりますね。ヤノさんが語った夢はどういうものでしょうか?

ヤノケン

僕が最後に夢を語ったのは7年前です。

田舎の食材をつかった店をやりたいってものですね。

大分の田舎では米や畑をやってるので、それをつかった店です。

当時は夢をあきらめて飲食業界をやめ、自分は一度死んでしまったと思う時期でした。

 

でも、夢は語れたんですよね。

 

何もなくても夢は語れる、不思議なものですね。

その夢が巡り巡って、あさって叶うんですよ。

 

Q.春のジビエ・野食料理会ですね。

ヤノケン

そうです。

店をもった訳ではないけど、田舎の食材を使った会を開くことはできました。

 

7年かけてやっとですよ。

ずいぶん遠回りをしました。

 

飲食を辞めた後に飲食の夢を叶える。

面白くないですか?

 

Q.それは面白いですね。

ヤノケン

実現不可能と思って考えないようにしていましたが、好きなこと突きつめて活動を始めたら夢に近づいていることに気づいたんです。

 

なので野食家は将来のためでもあり、夢を叶えるためでもありました。

 

Q.素敵ですね。

ヤノケン

たまたま夢への導線上に活動があったのでラッキーでした。

 

でも、夢って自分の好きなことの先にあるものだから、案外そういうものかもしれませんね。

 

Q.好きなことを仕事にすると夢も叶うということですね。

 

ヤノケン

そんな感じです。

 

そう言って彼は自転車に飛び乗った。

晴れた日の通勤は自転車をつかうという。

 

 

ヤノケン

満員電車からは季節を感じられませんからね。

自然の旬って本当に一瞬なんですよ。

 

仕事や育児の合間をぬい、少しずつかわっていく季節を逃さぬようアンテナを張り巡らせる。

ここに、野食家の流儀が見えた。

見習い野食家ヤノケンタ。

彼は明日8時に起きるという。

今日はたまたま早かっただけで、いつもはそのくらいに起きるようだ。

我々は眠い目をこすりながら帰路についた。

end