なぜ『感謝』という言葉に嫌悪感を覚えるのか?

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僕が『感謝』という言葉に気持ち悪さを覚えるのは、
文脈もへったくれもなく
#感謝のような使われ方をする時ですね。

感謝すること自体は良いことだと思うのですが、
それを公言することには違和感を覚えますし、
わざわざハッシュタグを使ってまで
感謝できる人であることを発表するのは過剰ではないかと思うのです。

ストレートに言うと嫌いですね。

僕の大好きな小説家の石田衣良さんが
インタビュー記事でこのように言っています。

「正義に酔う感じ」というのは、ブラック企業にも通じるところがあります。「働くことに感謝」、「生きることに感謝」、「感謝」といういっけん反対できない甘いモラルの言葉で人を洗脳していく。

NEWSポストセブン
石田衣良氏「感謝の言葉で洗脳し正義に酔う感じは気持ち悪い」より引用
http://www.news-postseven.com/archives/20160101_373565.html

この記事を読んで
石田衣良さんのこと、もっと好きになりました。

ちょっと内容読んで欲しいんですが
ディスり方が軽快で愉快なんですよね。
言われた相手は腹が立つでしょうけど。

少し離れましたが、
この「洗脳」と「感謝」の相性の良さはとんでもないですね。

だから外から見ると異常でも
洗脳されていたらそのワードを使うことに
何も違和感がなくなってしまう。

「感謝」という単体の言葉が
呪文のようになっていることさえ気づかないのです。

人間は生きているうちに
誰かに助けてもらったり
支えてもらったり
応援してもらったり
様々な感謝のタイミングがあります。

でもそれを事あるごとに

#感謝

で表現してたら
おめーバカなんじゃねーの?
って思われますよ。

HP全回復してるキャラに
毎ターン「ホイミ」かけるバカいないでしょ?

だいたいそういう人って
キラキラブランディングだか何だか知りませんが
感謝するネタしかSNSに発表しませんよね。

おい!また感謝かい!
んで、また#感謝かい!

ってなるから嫌なんです。

嫌なら見なければ良いので、
僕はブロックするなり友達削除するなり
そのへんの対策をしています。

まぁ何度か見て、
また「感謝」かよ!って笑わしてもらうのも
面白いではあるんですけどね。