『真紅の水鏡』京都の大覚寺にひっそりと佇む、今は枯れた瀧に思いを馳せる。

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僕が百人一首で最も好きな和歌は藤原(大納言)公任のものです。長男の名前を考える際にはこの歌を文字って命名しています。

この句の意味は、『荘厳で知られた滝は枯れてしまったけれど、その名は世に知れ渡り今でも語り継がれている』というものです。

京都旅行でバスツアーに参加したところ偶然にもこの名古曽の滝跡を見ることが出来ました。

ハッキリ言って滝の跡地はライトアップされた紅葉などと比べると面白いものではなく、多くの方にとって興味を惹くものではないでしょう。
しかしながら僕にとっては、ここがあの場所かぁという感慨深い心境でした。

公任が詠んだように2017年になってもその名は轟いて誰かの心に留まっているんですよね。

枯れた滝が有名になるなんて不思議なことですが、誰の心に留まらなくても僕にとっては一生記憶に残る場所になりそうです。